現実と幻想のはざま(三改)

日々の中で色々刺激を受けて思ったことや感じたことなどを書いています。あと米津玄師の楽曲MVの解釈と考察など。

米津玄師、楽曲「Nighthawks」歌詞の解釈と考察

ゆえのです。

いつも読んで頂いてありがとうございます。

 

 今回は、米津玄師の楽曲「Nighthawks」歌詞の解釈と考察を書いていこうと思います。

この曲は、2017/11/01にリリースされた通算4枚目のアルバム「BOOTLEG」に収録されています。

MVなどはないので、ギターカバーされているこちらの動画を貼っておきます。

youtu.be

 

この楽曲「Nighthawks」は、米津さんが聴いてきた「RADWIMPS」や「BUMP OF CHICKEN」へのオマージュ曲となっているようです。

それを軸とした解釈をされている動画もありますので、そちらも貼っておきます。

 

youtu.be

 全然知らないことばかりでしたので、とても参考になりました。ありがとうございます。

 

そして、私なりの感想や解釈と考察を書いていきます。私の場合、ホントにこの楽曲と自分しか居ないような中で解釈するので、オマージュ曲であることとか全部取っ払って書いていますのでご了承ください。

 

では感想から。

聴き始めたのは1月下旬くらいです。ライブDVDにも収録されている曲ですが、それまでほぼ飛ばしてました(すみません)

すごく不思議なバランスで成り立っている楽曲だなと思いました。諦観と疾走感が感じられるんですが、Aメロの気怠げな感じやサビの希求する心情とか、不思議だなぁと感じました。

そして聴き込んで感じた軸ですが、想像またはほぼ創作になるんですけど、

「君」を、手術をしないと生きていけないくらいの病気にかかっている人で、

“あの日”と指し示されるのが、そういう手術をする、と“君”から告げられた日

なのではないか?という設定にしてみようかなと考えました。

 

それでは解釈と考察を始めます。

歌詞ーーーーーー
あの日 眠れずに眺めてた螺旋のフィラメント
退屈な映画のワンカット 半開きのドア
もしも このまんま明日が来ないならどうしようか?
朝が来て全部終わってたら 僕はどこへ行こう
ーーーーーー
>朝が来て全部終わってたら  で出てくる「終わり」いう歌詞は、米津さんの曲の中では“死”や“別れ”が示されていることが多いと思うのですが、この“僕”が死んでしまったら「どこに行こう」も何もないと思ったので、後に出てくる“君”との繋がりが、ということではないかと思いました。

 

ーーーーーー
完璧だと思える夜を探していたんだ
今はとにかく星が見たい 君の隣で
ーーーーーー
“星”になっていない“君”の隣で、っていう意味なのかなと思いました。“君”が死んでないことを確かめたい、っていうか…。

 

ーーーーーー
何もないこの手で掴めるのが残りあと一つだけなら
それが伸ばされた君の手であってほしいと思う
あまりに綺麗だと恐ろしいから汚れているくらいがいい
ああ それくらいでいい 僕らの願う未来
ーーーーーー
>あまりに綺麗だと恐ろしいから汚れているくらいがいい
っていうのはひょっとして、綺麗=死んでいる、なのかなって思いました。

汚れている=生きている、ということで。

 

ーーーーーー
あの日 夢の中暮らしてた架空のストリート
本当にあるんだと信じ込み 探した地図の上
上手く伝わらない想いだけが胸に残った
寂しさが喉にこみ上げて 言葉を探している
ーーーーーー
ここのところは、その「架空のストリート」と、居なくなってしまうかもしれない“君”の存在を重ねたのかもしれない、と思いました。

 

ーーーーーー
遠く離れたものは美しくみえてしまうから
思い出になってしまう前に 全て伝えたい

当てのない未来ならいらないんだと目を閉じて叫んだ奥に
転げ回ってまで望む君との未来があった
くだらない世界でも「愛おしいよ」と君が言うこの世界がいい
ああ それくらいでいい だから届いて欲しい

懐かしい音楽が頭のなかを駆け巡る
お前は大丈夫だってそう聴こえたんだ
終わらないよ僕たちは 歪なまま生きていける
あのカーブの向こうへ 手の鳴る方へ
ーーーーーー
何で、「懐かしい音楽」が必要だったかって考えたら…まだ終わってない、大丈夫だって“僕”は思いたかったからだ、と思いました。

>あのカーブの向こうへ、というのは、そのまま真っ直ぐの道では、“君”が居ない未来しか見えないから、ではないかと考えました。

 

ーーーーーー
何もないこの手で掴めるのが残りあと一つだけなら
それが伸ばされた君の手であってほしいと思う
あまりに綺麗だと恐ろしいから汚れているくらいがいい
ああ それくらいでいい 僕らの願う未来

あの日 眠れずに眺めてた螺旋のフィラメント
退屈な映画のワンカット 半開きのドア
もしも このまんま明日が来ないならどうしようか?
それなら笑って過ごしたい 君に会いに行こう
ーーーーーー
「明日」とは、僕らの願う“君”と“僕”の未来、ということではないかと思いました。

 

全体的な色調の言葉は「隠された感情」

そう考えると最初に書いた、全体を通して奏でられている“疾走感”が、何か別のものに変わるような印象を受けました。

 

ちなみに書いておきますが、この解釈で使用した“軸”はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

終わり。