現実と幻想のはざま(三改)

日々の中で色々刺激を受けて思ったことや感じたことなどを書いています。あと米津玄師の楽曲MVの解釈と考察など。

『君の命の誇りを示せ』と15、微細なアウシュビッツ

6/12、「僕(人生)はただ僕(人生)であるだけだが〜」の後に一言だけ追加。

ゆえのです。

いつも読んで頂いてありがとうございます。

今日は2本書くことにしました。この記事を今日書きたかったのと「PaleBlue」の感想を混ぜたくなかったので。

 

前回の記事で、こちらのブログ記事を引用しましたが、

「誇り」を持って生きた方がいい理由 | 離れられない『モラハラ』『身近な人からの攻撃』対処の超裏技!

「誇り」つながりでとある漫画を思い出しました。

 

 こちらの漫画です。

これにでてくる、主人=坊ちゃま、が実は舞台の屋敷「薄荷公路邸」の宝、紅玉(ルビー)の精霊?というか、人の想いの暖かさを石が受け取り、姿や心が具現化している、という設定なんですよ。思いっきりネタバレしてますけど。

(裏表紙に姿が載ってるかもと思っていたけど、裏表紙自体がなかったので、第1話の表紙画像を貼っておきます)

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その坊ちゃまの台詞をいくつかピックアップすると、かなり「誇り」に関する台詞が多いわけです。

 *****
「そうか しかし許可も資格もない者は この屋敷への立ち入りは許されない」

「日数の問題じゃない。お前が誇りを示すかどうかだ」


「我が 薄荷公路(はっかこうじ)家に立ち入る者は 使用人であれど 魂の誇り高い人間でなければならない
真(まこと)の誇りのない者は 何人たりともこの屋敷に一歩も入ってはならない」

「君の誇りは 見出せたか?」

 

「何をする、それは誇り高い振る舞いか?」

「人は誇り高くあれ 僕が曇る」
「僕はただ僕であるだけだが 僕を欲し扱う人間が 僕を守りにも呪物にも変えるのだ」

 

「君の命の誇りを示せ」

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などなど。それは、台詞にもありますが真の誇りのない者がそばにいると“彼自身が曇るから”という理由があるからなんですけども。

それってなんか…「人生」に置き換えることもできそうだなということを考えていました。そんで、私の場合ちょっと、「アウシュビッツ」に繋げてしまうんですけども。

以前のブログでも記事として投稿したことがあると思ったんですけど…どうだったかな。

 

以前居たスピ某所でも、投稿があってその中にこんな言葉がありました。

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「ここで必要なのは、生きる意味についての問いを百八十度方向転換することだ。
わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ、 ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない」

「もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、わたしたち自身が問いの前に立っていることを思い知るべきなのだ。

生きる意味とは外に求めるものではなくて、生きる意味が逆にこちらに生きる意味を問いかけてくる、そして我々はその生きる意味に答えを提示しなければいけない。

生きることは日々、そして時々刻々、問いかけてくる。わたしたちはその問いに答えを迫られている。考え込んだり言辞を弄することによってではなく、ひとえに行動によって、適切な態度によって、正しい答えは 出される」
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その問いを明確に言葉にするなら、それは

「君の命の誇りを示せ」

という風に言えるのかもしれない、とも考えました。

 

つまり、上記に載せた彼の台詞をこう置き換えて考えているわけです。

「何をする、それは誇り高い振る舞いか?」

「人は誇り高くあれ  僕(人生)が曇る」
「僕(人生)はただ僕(人生)であるだけだが 僕(人生)を“写し”扱う人間が  僕(人生)を“祝福”にも“呪い”にも変えるのだ」

 と。

まぁ飛躍しすぎかもしれないですけど。そんな感じに思っています。

 

スピ某所で投稿されていたものを貼っておきます。2012年7月頃に投稿されたものです。

抜き書きーーーーーー

『夜と霧』は、アウシュヴィッツを生き抜いたユダヤ精神分析学者フランクによって執筆された。一緒に収容された家族は命を落とし、たった1人残されての生還だった。

『夜と霧』は世界中で読まれ続けている。これほど過酷な状況が描かれた書物がなぜ広くロングセラーになるのか。

ドキュメント、社会的、思想的、愛…、いろいろな角度で読まれて来たことだろう。

だが、もっとも核をなす理由はそんなことではないと思う。人はこころに微細なアウシュヴィッツとその収容者を宿している、そしてそれを自身が知っている、だから読んでしまうのだ。

アウシュビッツの悲惨、過酷に瞠目するなら、それは自己に向ける視線である必要があると思う。われわれにも、同じ悲惨・過酷が棲むことに気が付くべきだからだ。

「そうかもしれないがアウシュヴィッツほど酷くはない」、と思うならもう一度問い直したほうがいい。こころに宿る微細なアウシュビッツは、あのナチスアウシュヴィッツほど悲惨でも過酷でもないのか、それは本当か?と。

「被収容者はショックの第一段階から、第二段階である感動の消滅段階へと移行した。内面がじわじわと死んでいったのだ。」(フランクル

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以下、ヴィクトール・E・フランクル『夜と霧』
(原題:ある心理学者、強制収容所を体験する)より抜き書き

「収容所生活への被収容者の心の反応は三段階に分けられる。それは、施設に収容される段階、まさに収容所生活そのものの段階、そして収容所からの出所ないし解放の段階だ。」

●収容
「駅の看板がある——アウシュヴィッツだ!」この瞬間、だれもかれも、心臓が止まりそうになる。アウシュヴィッツと聞けばぴんとくるものがあった。あいまいなだけいっそうおぞましい、ガス室や焼却炉や大量殺戮をひっくるめたなにか!

重労働、貧しい食料、劣悪な環境、ナチス親衛隊員や収容所監視兵だけでなく被収容者間での酷い人間関係。そして、「ガス室送り」(処刑)の恐怖。いつまで続くかわからない収容所生活。

精神医学では、いわゆる恩赦妄想という病像が知られている。死刑を宣告された者が処刑の直前に、土壇場で自分は恩赦されるのだ、と空想しはじめるのだ。それと同じで、わたしたちも希望にしがみつき、最後の瞬間まで、事態はそんなに悪くないだろうと信じた。」

「わたしたちがまだもっていた幻想は、ひとつまたひとつと潰えていった。そうなると、思いもよらない感情がこみあげた。やけくそのユーモアだ!
やけくそのユーモアのほかにもうひとつ、わたしたちの心を占めた感情があった。好奇心だ。」

ドストエフスキーの発言、わたしが恐れるのはただひとつ、わたしがわたしの苦悩に値しない人間になることだ。人間はなにごとにも慣れる存在だ、と定義したドストエフスキーがいかに正しかったかを思わずにはいられない。

人間はなにごとにも慣れることができるというが、それはほんとうか、ほんとうならそれはどこまで可能か、と訊かれたら、わたしは、ほんとうだ、どこまでも可能だ、と答えるだろう。」

「収容所の中で生き延びるのは、些細な事柄に喜びを見出す人たちだった」

「生きることからなにを期待するかではなく、……生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ」

「わたしたちは、おそらくこれまでのどの時代の人間も知らなかった『人間』を知った。では、この人間とはなにものか。

人間とは、人間とはなにかをつねに決定する存在だ。人間とは、ガス室を発明した存在だ。

しかし同時に、ガス室に入っても毅然として祈りのことばを口にする存在でもあるのだ」

 

「生きることは日々刻々問いかけてくる。わたしたちは考え込んだり言辞を弄することによってではなく,ひとえに行動によって適切な態度によって正しい答えは出される。

生きるとはつまり,生きることの問いに正しく答える義務,生きることが各人に課す義務,時々刻々の要請を満たす義務を引き受けることにほかならない。」

「生きることのがわたしたちに向けてくる要請は,とことん具体的だ。この具体性が,ひとりひとりにたった一度,他に類を見ない人それぞれの運命をもたらすのだ。

どんな状況も二度と繰り返されない。それぞれの状況ごとに人間は異なる対応を迫られる」

「この運命を引き当てたその人自身がこの苦しみを引き受けることに,二つと無いなにかを成し遂げるたった一度の可能性はあるのだ。」

「わたしたちがどんなに最悪の状況でも『その状況に対する態度を決める自由』だけは決して失われない。」

「人は強制収容所に人間をぶちこんですべてを奪うことができるが、たったひとつ、あたえられた環境でいかにふるまうかという、人間としての最後の自由だけは奪えない」

「その自由とは、『人間の精神的自由』であり、(中略)なお人間として踏みとどまり、おのれの尊厳を守る人間になるかは、自分自身が決めることなのだ」

「収容所にあっても完全な内なる自由を表明し、苦悩があってこそ可能な価値の実現へと飛躍できたのは、ほんの僅かな人々だけだったかもしれない。それがたった一人だったとしても、人間の内面は外的な運命よりも強靭なのだということを証明して余りある」

「人間が生きることには、常にどんな状況でも意味がある、この存在することの無限の意味は苦しむことと死ぬことをも含むのだ」

「苦悩と、そして死があってこそ、人間という存在ははじめて完全なものになるのだ」

 

●収容ショック
「被収容者はショックの第一段階から、第二段階である感動の消滅段階へと移行した。内面がじわじわと死んでいったのだ。」

「感情の消滅や鈍磨、内面の冷淡さと無関心。これら、被収容者の心理的反応の第二段階の特徴は、ほどなく毎日毎時殴られることにたいしても、なにも感じなくさせた。この不感無感は、被収容者の心をとっさに囲う、なくてはならない盾なのだ。」

「被収容者の内面が深まると、たまに芸術や自然に接することが強烈な経験となった。この経験は、世界や心底恐怖すべき状況を忘れさせてあまりあるほど圧倒的だった。」

「ユーモアも自分を見失わないための魂の武器だ。ユーモアとは、知られているように、ほんの数秒でも、周囲から距離をとり、状況に打ちひしがれないために、人間という存在にそなわっているなにかなのだ。」

「ほんのささいな恐怖をまぬがれることができれば、わたしたちは運命に感謝した」

「もちろん、収容所生活のこうした惨めな「喜び」は、苦痛をまぬがれるという、ショーペンハウアーが言う否定的な意味での幸せにほかならないし、それらもここまで述べてきたように、『……よりはまだまし』という意味でしかない。積極的な喜びには、ほんの小さなものですら、ごくまれにしか出会えなかった」

「わたしたちを取り巻くこのすべての苦しみや死には意味があるのか、という問いだ。もしも無意味だとしたら、収容所を生きしのぐことに意味などない。

人間が生きることは、つねに、どんな状況でも、意味がある、この存在することの無限の意味は、苦しむことと死ぬことを、苦と死をもふくむのだ」

「およそ生きることそのものに意味があるとすれば、苦しむことにも意味があるはずだ。苦しむこともまた生きることの一部なら、運命も死ぬことも生きることの一部なのだろう。苦悩と、そして死があってこそ、人間という存在ははじめて完全なものになるのだ」

「運命が人間を苦しめるなら、人はこの苦しみと責務と、たった一度だけ課される責務としなければならないだろう。

人間は苦しみと向きあい、この苦しみに満ちた運命とともに全宇宙にたった一度、そしてふたつとないあり方で存在しているのだという意識にまで到達しなければならない。」

「この運命を引き当てたその人自身がこの苦しみを引きうけることに、ふたつとないなにかをなしとげるたった一度の可能性はあるのだ。」

強制収容所ではたいていの人が、『今に見ていろ、わたしの真価を発揮できるときがくる』と信じていた。けれども現実には、人間の真価は収容所生活でこそ発揮されたのだ。

おびただしい被収容者のように無気力にその日その日をやり過ごしたか、ごく少数の人びとのように内面的な勝利をかちえたか、ということに」

「自分の未来をもはや信じることができなくなった者は、収容所内で破綻した。そういう人は未来とともに精神的なよりどころを失い、精神的に自分を見捨て、身体的にも精神的にも破綻していったのだ」

 

「ここで必要なのは、生きる意味についての問いを百八十度方向転換することだ。
わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ、ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない」

「もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、わたしたち自身が問いの前に立っていることを思い知るべきなのだ。

生きる意味とは外に求めるものではなくて、生きる意味が逆にこちらに生きる意味を問いかけてくる、そして我々はその生きる意味に答えを提示しなければいけない。

生きることは日々、そして時々刻々、問いかけてくる。わたしたちはその問いに答えを迫られている。考え込んだり言辞を弄することによってではなく、ひとえに行動によって、適切な態度によって、正しい答えは出される」

 

●解放
「わたしたちは、まさにうれしいとはどういうことか、忘れていた。それは、もう一度学びなおさなければならないなにかになってしまっていた。

解放された仲間たちが経験したのは、心理学の立場から言えば、強度の離人症だった。すべては非現実で、不確かで、ただの夢のように感じられる」

「解放された人びとが強制収容所のすべての体験を振り返り、奇妙な感覚に襲われる日がやってくる。収容所の日々が要請したあれらすべてのことに、どうして耐え忍ぶことができたのか、われながらさっぱりわからないのだ。」

ーーーーーーここまで

終わり。