ごきげんよう、ゆえのです。
読んで頂いてありがとうございます。
お久しぶりの記事になります。
2024年9月に書いた、奇跡のコース/奇跡講座の学習を続けています。リンクは貼っていないのですが、関連したブログも書いています。
この夏に見つけたもの『ホ・オポノポノ』と『奇跡のコース/奇跡講座』2 - 現実と幻想のはざま(三改)
最近、下記の本を読みました。
内容は、Amazonの案内から抜き書きすると、
抜き書き──────
- 愛する者よ。あなたは、わたしの声を聞けるようになるべきなのです。 - あなたが今自分で認識しているあなたは、本当のあなたではありません。それは幻のような非実在のもので、本来のあなた − つまり[わたし]である[あなた]、不死不滅の[神であるあなた]の影、似像にすぎません。 - あなたが一度忘れ去ったこの神性こそ、あなたを通して表現されるべきものなのです。
本書は、約100年前の1914年、米国のキリスト教神秘主義者ジョセフ・ベナーによって著されました。「神」と「人間」の間にある分離という幻想を打ち消す、不二一元論・ノンデュアリティ思想の究極の書とも呼べる作品です。その教えは英米のスピリチュアリスト達の間で今日も愛され続けています。ウェイン・W・ダイアーが2014年のインタビューで、彼にとって重要な一冊であると紹介し、「神との対話」「奇跡のコース」と並び評した事でも話題となりました。 「あなた」と「わたし」はひとつである − 「神」と「人間」の間に分離など存在しないと教え、少しずつ読者をその悟りへと導きます。 「脱宗教時代」の混迷の中、あなたの信仰を救うのは、あなたの中に存在する神そのものです。 「奇跡のコース(奇跡講座)」や「神との対話」シリーズを学んだ方にとっても、より深い意識変容をもたらすであろう作品です。
──────ここまで
ということなんですけど、関連ブログに書いてからとある本を思い出して、それがこっちのブログの最初の方で書いていたスピ某所で教えてもらった本だったので、関連ブログではなくて、こちらのブログに記事を書こうと思いました。
スピ某所では、下記の本を軸というか根拠というか、この仮説を元に色々と商品?開発というか、していました。私がここを抜けたのはもう5、6年前になりますか。
ちょっと前にWEBページを見に行ったら全部なくなっていました〜。ページを移動したのか、本当に団体自体が解散?したのかやめたのか知りませんが。まあコロナ禍とかあったからね。それが直接の原因かも分からんが。
余談ですが、スピ某所のリーダーの人はパワーストーンのお店もやっていて、そこをリニューアルしたことがあったんですけど、そのお店のコンセプトに私が以前自分のブログで書いていたちょっとした言葉を使われていたことがありました。夢に関する言葉だったんですけど、私以外その組み合わせで使っているのを見たことがなくて、どういうつもりで書いたのか分からないですけど、私にとっては大事な言葉だっただけに、無断転載されたような気持ちになって、すんごい胸くそ悪かったです。なので無くなってくれて本当に良かったとまで思いました。
話を戻します。
またもAmazonの案内から抜き書き
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《3000年前まで人類は「意識」を持っていなかった!》
動物行動学から出発し人間の意識の探求に踏み込んだ研究者が、楔形文字の粘土板や碑文・彫刻、ギリシア叙事詩『イーリアス』『オデュッセイア』、旧約聖書などの分析から、とてつもなく壮大な「意識の誕生」仮説を樹ち立てた──人類の意識は今からわずか3000年前に芽生えたもの、意識誕生以前の人間は右脳に囁かれる神々の声に従う〈二分心〉(Bicameral Mind)の持ち主で、彼らこそが世界各地の古代文明を創造した、やがて〈二分心〉は崩壊、人間は文字と意識を得た代わりに神々は沈黙した、と。
──────ここまで
一見すると、最初の本と全く逆のことを言っているようにも感じられるし、下の本の説明文で言うところの〈二分心〉を取り戻すのか?とかそういった感じになりそうなんですけど、あくまでこの本に書いてあることは「仮説」ですからね。
一応私も読んだことあるけど難解すぎて説明なんてできないから、スピ某所でもよく引用されていた松岡正剛さんの千夜千冊のページを貼っておきます。
1290夜 『神々の沈黙』 ジュリアン・ジェインズ − 松岡正剛の千夜千冊
こちらのページを読むと、この本は終始“脳の状態がどうであったのか?”ということを当時の古代の状況から検証しているというものなんですよね。
そして私が一番気になったことはこちらの文章。
抜き書き──────
もっととりつくシマのないこともある。ジェインズは、大著ではあるものの、この本を一冊書いただけで死んでしまったのだ。1982年版の序文には『意識の帰結』という本を書くつもりだと予告もされていたけれど、これは陽の目を見なかった。いったいこの人、どういうつもりだったのか。
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学衆 で、この本はどういうふうに終わっているんですか。
火元 それが終わってない(笑)。まだ続きを書くと言ったまま、中断されている。もっとも翻訳された『神々の沈黙』のほうには、初版から10年たったときの「後記」だけは収録されている。だいたい本文と似たことを書いているんだけど、ひとつだけ強調されているのは、バイキャメラル・マインドの喪失によって、人類は「恐怖」と「恥」と「性」についてあまりに混乱してしまったということかな。
学衆 うーん、イミシンですね。
火元 うん、イミシンだね。
──────ここまで
これに対して、一つこうじゃないのかな?ということを思いついたので、それを書いていこうと思います。
インパーソナル・ライフの本からちょっと長文を抜き書きします。
抜き書き──────
「三章 わたし、生命、神という存在」から
そう、わたしはあなたの行動の全てに関わっています。深く見てみると、あなたの行いの全てが実はわたしによるもので、あなたの周りの人々の行いも同様である事が分かるでしょう・・・。あなたの中に居るのも、彼らの中に居るのも、このわたしなのだから。
わたしは、生命なのです。
あなたの身体に生命を与え、心臓を動かし、頭でものを考えたりできるようにしている存在。「わたしは在る」の意識。
あなたの最も深い所に在る者、霊であり、あなたの存在に、そして全ての目に見える存在・目に見えない存在に、生命を与える者なのです。
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「わたし」は、「あなた」に他なりません。あなたの真我。真のあなたであるところの全てなのです。あなたが自分で認識しているあなたは、本当のあなたではありません。それは幻のような非実在のもので、本来のあなたーつまり、わたしであるあなた、不死不滅の「神であるあなた」の影、似像にすぎません。
「四章 意識、知性、意志」から
あなたは、身体の細胞ひとつひとつに意識、知性があると知っています。その一つひとつの知的活動が、大我なる意識[永遠、自在の働き]の存在無しに、果たして可能なのでしょうか。
細胞の一つひとつが、他何百万もの細胞に囲まれ、またその一つひとつがそれ自身の働きをしながらも、明らかに他の細胞の意識全てと繋がり、集合的知性として存在し、その集合体としての機能も果たしている・・・。そして、この集合知性はある内臓器官として成り立っており、同じように他の集合知性は他の内臓器官として存在し、各器官が何百万という細胞で構成されている。その全てが成り立って、あなたの身体を造り上げています。
全ての内臓、つまりはそれを構成する全ての細胞を司り、コントロールしているあなたは、一体何者なのでしょう。
人間意識、個人意識であるあなたが、それら全てを行えるはずがありません。実際、あなたの顕在意識は、自分自身の内臓ひとつをも、コントロールできないでしょう。
それらを司っているのが、この非人格的わたし、神我(アイ・アム)の意識なのです。そしてそれは、小我であるあなたではないけれども、あなたの真我 ーつまり、あなた自身であるのです。
よく聞いてください。
「真のあなた」と「わたし」の関係は、細胞の意識と身体の関係と同じです。
あなたは言わば、わたしの身体の細胞であり、そしてあなたの意識はわたしの意識を構成する細胞であると言えます。
そのため、あなたの身体の細胞が持つ意識も、わたしの意識だと言えるのです。だから・・・我々は、意識においてひとつなのです。細胞、あなた、そしてわたしは、ひとつのもの。
──────ここまで
という文章があります。結論を言うと、
上記を踏まえると、「神々の沈黙」の作者の人はこの本を通しての表現が…ある意味“がん細胞”的なものになってしまったのかなと考えました。
だから…これ以上の増殖=続きの執筆は、生命として許されなかったのかな、というか。そんなことを思いました。
結果論でしかありませんが。
そういえば、ちょっと前に「命に嫌われている」という曲が流行りましたよね。
ちょっと過激なことを言うと、
この曲を知ってから、本当に嫌われてたら一音も発することないまま消えるだろうから、この曲を歌い終えることができるなら、嫌われてはいないと思うよ…と、なんかいつも思ってました。
終わり。

