現実と幻想のはざま(三改)

日々の中で色々刺激を受けて思ったことや感じたことなどを書いています。あと米津玄師の楽曲MVの解釈と考察など。

米津玄師「Lemon」の歌詞の解釈と考察

最近、米津玄師「Lemon」を初めてまともに聴いてみました。発売されてどんだけ経ってるんだって感じですが。時々耳にしたりはしてて気にはなっていたんですけど、ちゃんと聴こうとするまでの行動には至らなくて、今頃になったって感じですね〜。

 

 

私の最初の解釈は、これは失恋の歌で、こっぴどく?裏切られて振ったけど、まだ忘れられなくて、でも「戻らない幸せがある」と教えてもらったと言えるくらいに戻ることなど考えてなくて、でも「あなたは私の光」と思うほど好きだった、という感じの、まぁはっきり言って未練タラッタラの気持ちを美しく歌った歌なのかなと思っていました。たいへん失礼なことを言ってます。

 

ちゃんと調べてみたら全然違ってました。

死んだ人のことを想う歌なんだって。

 

以下Wikipediaから抜粋

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『Lemon』は愛する人を失った「わたし」の歌である。ドラマ『アンナチュラル』は不審死した死体を解剖する研究所を舞台にしたドラマであり、それを受けて作られたのがこの曲だった。元々付けられていたタイトルは『Memento(=形見)』であることも、この解釈を支持する材料になるだろう。そして米津は楽曲制作中に祖父を亡くし、それが楽曲の出来栄えを大きく変えてしまったと語っている。

米津本人は出来上がった楽曲について「“あなたが死んで悲しいです”としか言ってない気がする」との感想を持っている。
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以上を踏まえて、他の方の解釈も色々読んでみて、私なりの解釈を書いていきます。

あなたとわたしの視点が、途中で生きている人と死んでいる人で入れ替わるという解釈もありましたが、それだと目まぐるしいのでそういうのは無しで考えてみました。

 

 

以下歌詞です。

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夢ならばどれほどよかったでしょう
未だにあなたのことを夢にみる
忘れた物を取りに帰るように
古びた思い出の埃を払う

戻らない幸せがあることを
最後にあなたが教えてくれた
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ここで「戻らない幸せがあることを」と書けるのは凄いなぁと思いました。

以前小説で「愛する人が死んだら蘇って欲しいと思うのが、人として当たり前の感情でもある」という内容の文章を読んだことがあって、それを踏まえても「戻らない」ことを「幸せ」と捉えられるのは本当に凄いと思います。

 

ここでRCメゾットと繋がるのですが、このメゾットには「刈り取りの法則」というものがあります。(私は密かにジェームスアレンの「原因と結果の法則」と同じものではないかと思っているのですが、まぁ名前はどうでもいいとして)

 この「刈り取りの法則」が活きているからこそRCメゾットも活用できると?言ってもいいくらい重要なものです。

 

 

 それと同じ意味合いを持つ宇宙の法則とも言えるものが、この歌詞に含まれていると思うんですよね。

 

それは「死んだ人は蘇らない」という、格好よく言えば「生死の理(ことわり)」があること。

 

どんなに願っても願っても願っても願っても願っても願っても願っても、です。

 

だから、「最後にあなたが教えてくれた」というのは、死後だいぶ経ってから、になるんだと思います。

「それ」がきちんと機能しているということは、とても喜ばしくしあわせなことなのだ、と。

 

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言えずに隠してた昏い過去も
あなたがいなきゃ永遠に昏いまま

きっともうこれ以上 傷つくことなど
ありはしないとわかっている

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その「真実」に打ちのめされてしまったことを書いているのではないでしょうか。

 

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あの日の悲しみさえ あの日の苦しみさえ
そのすべてを愛してた あなたとともに
胸に残り離れない 苦いレモンの匂い
雨が降り止むまでは帰れない
今でもあなたはわたしの光
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ここでいう「あの日」とは、亡くなった日のことを指すのだと思います。

 

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暗闇であなたの背をなぞった
その輪郭を鮮明に覚えている
受け止めきれないものと出会うたび
溢れてやまないのは涙だけ

 

何をしていたの 何を見ていたの
わたしの知らない横顔で
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ここの部分で、時間軸が亡くなった時に戻っていて、
亡くなって横たわっている「あなたの身体」に対して、ここに戻ってきて欲しいと何度も何度も呼びかけているのに、「あなたの魂」は何故戻ってきてくれないのか、という思いがこの言葉になったんじゃないだろうか、と思いました。


横顔、というのはもし病院等で亡くなってベッドに横たわっているにしても、布団に横たわっているにしても、「わたし」は顔を近づけて呼びかけていたのではないだろうか、と考えました。

 

「戻らない」という言葉には二重の意味があって、

魂が身体に戻らない=あなたが死から戻らない 

になっているのだと思いました。

 

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どこかであなたが今 わたしと同じ様な
涙にくれ 淋しさの中にいるなら
わたしのことなどどうか 忘れてください
そんなことを心から願うほどに
今でもあなたはわたしの光
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「あなたの身体」に戻らなかった「あなたの魂」に対して、「どこかであなたが今」と言っているのではないだろうか、と思いました。

 

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自分が思うより 恋をしていたあなたに
あれから思うように 息ができない

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この部分の「あれから」とは、上記で書いた「真実」をはっきり認識してから、ではないかと思いました。

 

つまりこの歌は、それを認識した後とする前との二段階になっているのだと思います。割合で言うと、した後の気持ちを歌っているのがほとんどですが。

 

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あんなに側にいたのに まるで嘘みたい
とても忘れられない それだけが確か

 

あの日の悲しみさえ あの日の苦しみさえ
そのすべてを愛してた あなたとともに
胸に残り離れない 苦いレモンの匂い
雨が降り止むまでは帰れない
切り分けた果実の片方の様に
今でもあなたはわたしの光

*****歌詞ここまで

 

検索して見つけたページでこんなことも書いてありました。

 

> MVで米津さんが履いているハイヒールは、他人にはわからないこと。を意味しているそうです。

 

この言葉には、なかなかに深い意味が込められているのだと思います。

 

私には、幸いにも(と言っていいのかわからないけど)まだ(と言っていいのかも分からないけど)ここまで深く人を愛したことはないし、その人が亡くなってしまう経験もしたことはありません。

 

経験した人にしか分からない深い感情だと思いました。