はい。潜在意識と顕在意識の話2を書いていきます。
この記事の最後に、
>じゃあ「海面」と称される、“意識を分ける”ほどの力を持つ、この境界線の正体って一体何?っていうことを考えました。
と書きました。
正直なところ、これが正解であるとは私には言えないです。でもスピ某所で聞いた話を総合してみると、これが1番適切ではないのかなと思っています。
私の考えた答えは、この境界線の正体は「三途の川」だと思っています。
三途の川とは、皆さんご存知の通り、彼岸(あの世)と此岸(この世)を分かつ境界の川です。
生まれてくる時にこの川を通り、死んでいく時にもこの川を通る、文字通り生と死の境界線です。
つまり、生まれてくる時この川を渡った時に意識の中に取り入れているのではないかと考えました。
死ぬ時には、この境界線が先に意識の中から外れる又は消えるから亡くなるのか、もしくはそのままで三途の川を渡る時に外れるのか、までは分かりませんが。
すごく色々端折ってしまっている気がしますが、
つまりこの理論でいくと、生者と死者の違いは、意識の中に三途の川という境界線があるかないか、ではないか?とも考えました。
前に書いたこの記事で、「生死の理(ことわり)」のことを書きました。
「鋼の錬金術師」から映画「君の名は。」で変わってしまったこと - 現実と妄想のはざま(改)
この生死の理を、神さまなどに関連づけることなく認識するには、こういった新しい見方が必要なのではないかとも考えます。
スピ某所では、神さま達はもういない、いても物質世界に干渉することはほぼない、というのが共通認識でした。
あるのは、神さま達が残した世界や宇宙に存在するルール、理(ことわり)だけです。
そして、三途の川を意識の中に取り入れて、顕在意識と潜在意識に分かれてから、潜在意識がどうなるか、というのを次回は書いていこうと思います。
題して、身体は潜在意識が物質化したものである?です。